働く大人の発達障害と職場でのメンタル不調
当方は臨床医のほかに、産業医として多くのメンタル不調の従業員の方と面談してきました。メンタル不調の方の中で多くを占めるのは仕事の負荷(量的負荷、質的負荷)や人間関係など、職場環境への適応が困難となりメンタル不調を生じる適応障害の方です。適応障害を生じる原因はパワハラなどのハラスメントや超過勤務などさまざまなものがありますが、発達障害がその根本の原因となっていることも多いのです。ここでは働く大人の方の発達障害で多く見られる注意欠如・多動性障害(以下ADHD)と自閉症スペクトラム障害(以下ASD)について説明を行っていきます。
働く大人の方で目立つADHDの特徴
- 不注意で仕事上でとんでもないミスをしてしまう
- じっと座っていられない
- 肝心な業務を忘れてしまう
- 仕事を完遂できない
- 業務の手順をうまくこなすことができない
働く大人の方で目立つASDの特徴
- 上司や同僚、取引先と意思の疎通ができない
- あいまいな指示を理解できない
- 周囲の機械音や他の人のキーボード音がつらくてしんどい
- 変化に対して柔軟な対応ができない
※ADHDとASDは合併しやすく両方の特徴を併せ持つ方も多くいます。
AHDHやASDは最近では一般の方メディア等を通して耳にすることが多くなったかもしれません。しかし現在成人の方が子供の頃には一般にはあまり周知されていなかったこともあり本人も周囲も気が付かずに仕事がうまくいかずに悩んでいる方も多いのです。
またADHDの方で多動や衝動性よりも不注意が優位な方は大きな問題を生じずに学生生活までは過ごせてきた方もおおいかもしれません。ASDで軽度の方やその育った環境によっては学生生活まではご本人はストレスを感じながらも複雑な人間関係をうまく回避し、成績優秀者として周囲から一目おかれていた方も多くいます。
ところが成人になり社会にでるまではさして大きな問題をかかえたことがなかった方が成人になり社会人として入社すると仕事の面で大きなストレスをかかえることも少なくはありません。社会人になり会社に勤めると上司、同僚、部下などとの"避けることのできない人間関係も増えていく"ことになります。そのため仕事をうまくこなせなくなり、上司や取引先に叱られるといったことが当然に増えていきます。成人になるまで、特に順調に過ごされてきた方はなおのことなぜうまくいかないのか混乱し途方に暮れてしまうことも多いのです。
また以前よりはるかに時代の変化の速度が大きくなり、企業の置かれている環境も激変しています。そのため長く勤務している方にとっても業務内容が大きく変わらざるを得ないことが増えています。その結果、年代関係なく発達障害の方が異動などをきっかけとしてこれまで経験したことのないメンタル不調になることが増えています。また管理職となり、マルチタスクの多い管理業務に向かないためにメンタル不調を起こすケースも多いのです。
自信がなくなってしまい、何を相談をしていいのかもわからなくなってしまう方も多いです。そうなってしまうとさらに大きなトラブルが発生してしまい、大きなストレスを抱えることになります。高ストレスな状態が長引くと不眠や不安などの症状が出現し、自己効力感も低下し、さらにストレスへの耐性が低下してしまいます。治療や環境の調整などの対応をせずに長期間放置してしまうと”適応障害からうつ病に移行することもあり要注意”です。
適応障害であれば環境の調整などでその原因を取り除くことで比較的スムーズに回復をすることも期待できますが、うつ病に移行すると十分な回復には時間がかかり、再発のリスクも生じます。メンタル等の異変に早期に対応できるように役員や上司の面談などによる従業員のライン管理はこれまで以上に重要になっています。
薬物療法
ADHDの治療に関しては依存性の副反応のリスクが少ない、ストラテラ(一般名アトモキセチン)などの新しいが開発され治療の可能性が大きくなりました。アトモキセチンは内服当初は胃腸系の症状が生じやすく一度は離脱される患者さんも多いですが、胃腸薬などと併用して少しずつ丁寧に増量していくことで症状の改善を実感される方も多いです。
※ADHDの方は、疾患の特徴上、うっかりとした薬の飲み忘れなどが多い傾向があるので、主治医の先生と内服のタイミングや飲み忘れた際の対応についてよく相談しておくとより安心して治療に専念できるでしょう。
精神科で処方される薬について不安がある方は下記もご参照下さい。
https://www.warabi-mental.com/blog/drug-dependence/
現在のところASDの中核的な症状の一つであるコミュニケーション障害はそれ自体に対する特効作用がある内服薬はありませんが業務内容を見える化する、またASDの方が得意とする業務を行って頂くことでご本人にとってはもちろん会社にとって大きな成果が生まれることは多いのです。
※ADHD、ASDともに疾患の症状を個性、特徴ととらえて各個人に合う業務を行うことも大変有効です。ADHD 、ASDの疾患それぞれに向き、不向きの仕事について述べていきます。
ADHDの方に向いている職業、業務内容
- 想像性を要するクリエイティブな業務 WEBデザイナー、ディレクターなど
- フットワークの軽さが求められる仕事 営業職など
- 専門性を要する業務 SEなどIT業務
ADHDの方に向いていない業務内容
- 絶対ミスが許されない業務 金融機関の経理業務、パイロットなど
- マルチタスクが求められる仕事 人事や経理など電話応対や接客対応をともなう一般事務など
- 単純すぎる業務 工場などのライン作業
ASDの方に向いている職業、業務内容
- 単純な業務で集中できるもの 倉庫内の仕分け作業、工場などのライン作業など
- 職人的な業務 伝統工芸など
- マニュアルが決まっている業務 法務、情報管理など
- 数字、論理的な知識で対応可能な業務 プログラマー、大学教員など
- 視覚情報のこだわりが生かせる業務 設計士、CADオペレーター
ASDの方に向いていない職業、業務内容
- コミュニケーションスキルを要する業務 人事部、営業など
- マニュアルのない臨機応変な対応が求められる業務 レストランのウェイターなど
- 予測不可能な事態に対応する業務 予約受付業務、クレーム対応の電話対応など
上記に列挙したもの以外にも向き、不向きは発達障害の症状の度合いや個人によってもばらつきがありあす。参考にして下さい。
退職された方で求職活動されている方、転職を考えている方もいらっしゃるかと思います。発達障害の方の転職で注意すべきことは本来向いていないのに今までやってきた業種、業務内容を“次の職場ではきっとうまくいくはず”だと思ってしまうことです。何度も入社、退職を繰り返している方も多く、そうなると自己評価が下がり悪循環になってしまいます。適職に就き、働き続けるためには心理カウンセラーや精神保健福祉士が在籍している医療機関に相談したり、精神科デイケアや就労移行支援作業所を利用する方法もあります。それらの機関では自己理解を深めて自分の発達障害の特性を見つけ出し対処方法を学ぶことが期待できます。仕事で必要となるメモの取り方やワーキングメモリーを増やす訓練、ビジネススキルや職場でのコミュニケーション方法などのトレーニングやサポートを受けることも可能です。
※当方は産業医経験も豊富で多くの会社でメンタル不調の従業員の方と会社の間で職場環境調整のお手伝いを行ってきましたので、ぜひ気軽にご相談下さい。当院には企業勤務経験豊富な保健師、心理士および精神保健福祉士も在籍しております。
また企業の人事担当者の方がこのサイトをご覧になっていれば御社に入社された方は入社前の面談等を通してその能力や人柄を評価され入社されている方だと思います。うまく”適材適所に合理的な配慮(業務配慮内容等)をすることで従業員も企業も大いに発展する”のは当方の経験から強く感じます。当院では産業医としてのセカンドオピニオン外来も行っております。
※なお、令和6年4月1日より障害のある人(身体障害障害の人、発達障害を含む精神障害の人、知的障害の人)に対して”事業者が合理的配慮を提供することは義務付け”られます。
このブログを見て頂いてメンタル不調に悩まれている方をはじめ、人事等で悩んでいる企業の担当者の方にとっても良い方向に向かうきっかけとしてお役に立てれば大変うれしく思います。
下記のサイトもご参照下さい
※事業者による障害のある人への「合理的配慮の提供」が義務化されます(総務省HP)
https://www.gov-online.go.jp/article/202402/entry-5611.html